コラム

ワンオペ育児 無理ゼッタイ

保育士 プロの現場(第六話)

パパの育児日記アイコン

保育士、プロの現場



「ほらー、こっちだよー!」

子どもたちがわーっとグラウンドへ走り出す。声の先にいるのは、ベテラン保育士さんだ。彼女を先頭に、子どもたちは円を描くようにぐるぐる回り始めた。

あたたかな陽が降りそそぐ、幸せそのものの光景。だが、先頭を走る彼女の視線は、まったく別なところにあった。

***

保育園の見学を一通り終えたわたしたちは、体験保育をはじめることにした。

実際に保育園に通う子どもにまじって、午前中のあいだ保育を体験させてもらうのだ。

といっても、まだむすこは5ヶ月になろうという月齢。すでに立って歩きまわっている園児たちと一緒に遊ぶのは難しく、隅っこでコロコロ転がるばかり。要はわれわれ親が、保育園の雰囲気を知るために行くのである。

見学のときは、説明を聞きつつ園庭や部屋を1時間ザッと見るだけだったが、体験保育では1時間半から2時間、0歳児クラスでほかの子と同じように過ごさせてもらうという。

すでに見学した保育園から、もう少し見てみたい園を選び出し、体験をお願いした。

殺風景なグラウンドが


その中の1つの小規模保育園では、園児たちと一緒に目の前のグラウンドへ出た。天気のよい午前中は、できるだけ外へ出て遊ぶのだという。

「え、でも何もないやん……?」

子どもたちが靴に履き替えて飛び出したのは、特にこれといった遊具もない広場。0~1歳児の子どもたちからすればまぁまぁ広いグラウンドだが、大人が走れば、10秒もかからず端から端へ到達してしまう程の広さ。ここで何して遊ぶんですか、と思わず口から出そうになる。

だが、子どもたちはいとも簡単に、そこを遊び場に変えてしまうのだ。

1歳児クラスの子どもたちが小さなクルマにまたがって、そこらじゅうを駆け回る。クルマに乗らない子はダンゴムシを探し、0歳児たちは土の上をハイハイしている。みるみるうちにみんな泥んこになる。

日ごろの無菌状態に慣れきったわたしは、服を汚しながらハイハイする園児に「ええんか…」と若干引き気味になっていた。すると、隣にいた保育士さんがそれを察知したように話しかけてくれた。

「家だと、外で泥んこになるまで遊ぶのに抵抗がある方も多くて。せっかく保育園に来てもらってるので、ここでは思いっきり遊んで汚れてもらうんです」

泥だらけになって遊ぶエネルギッシュな園児たち。どうしても彼らにばかり目が向くが、そこにはぞんぶんに遊べる環境をつくる人たちがいる。子どもたちに寄り添い、活動を見守り、アシストする存在がいる。

保育、そのプロの現場


「待てー!」

子どもたちが追いかける。その先を走るベテラン保育士さん。冒頭の光景である。

彼女の目は、グラウンドの隅でひとり遊ぶ子に向けられていた。その子が1人で遠くにいってしまわないか、無茶をしないか。さりげなく目を配っていたのだ。

よくよく見ると、10人程度の子どもたちはゆるやかに2つのグループにわけられ、それぞれ保育士さんが1人ついていた。さらにもう1人、全体を見る"遊軍”的な役割がいた。

保育士さんが1人グラウンドに入ると、すかさず1人が部屋に戻って片づけをしたり午睡用の布団を敷く。グラウンドには常時3人の保育士さんがいるようになっていた。

「じゃあ私が今度片づけ入りますね」。こまめに声を掛け合う流れはとにかくスムーズで、無駄がない。

システマティックな動きの中にも、イレギュラーなことが頻繁に起こる。

遊びまわる園児たちから外れて、男の子がグラウンド入り口で扉を開けようとしていた。するとすかさず保育士さんが近づいて、「こっちで遊ぼっか!」と自然に遠ざけた。

もちろんケンカも頻発する。そんなときは「ダメ」「〜しないの!」のような強い言葉は使わずに、おもちゃを取り合っていたなら「これが欲しかったんだね」と互いの気持ちを思いやる。

子どもたちへのリードはいつもさりげなく、関係はつねに対等だった。
 

誰にでもできる仕事?


「保育士は誰でもできる仕事」。以前、ネット上で目にした言葉である。

だが仕事場は、その言葉と真逆であることがわかる。
経験と蓄積によるムダのない動き。全体に目を配りつつ、予測不可能な子どもたちに柔軟に対応。優しい言葉がけの根底には、子どもへの深い愛情がある。

すべての保育園がそうとは限らないのかもしれないが、今回紹介した小規模保育園以外にも、体験保育に行った5つの園では、同じようにきめ細やかな保育の現場を見ることができた。

保育士への待遇改善など、先の言葉以外にも保育現場の周辺はさまざまな議論であふれている。

だが、そんな議論が交わされている今日も、保育施設には子どもたちの声が響く。彼らのそばには、保育士さんたちが寄り添っている。そこは子どもの命を親から預かり保育する、プロの現場だ。

実際、その仕事に接すればわかる。誰にでもできる、はずがない。
パパの育児日記アイコン