ワンオペ育児 無理ゼッタイ
そして妻になる(育休2ヶ月目)(第三話)
ちゅぱちゅぱ。
むすこは熱心に口を動かしている。
ちゅぱちゅぱ。
舌の使い方が上手くなった。以前と大違いだ。少し前までは吸い方もぎこちなく吸引力も弱そうだった。成長を感じる。
だがとうとう、耐えかねてわたしは言う。
「ごめん、そこからおっぱいは出ないんだよ。」
私の鼻を舐め続けていたむすこはようやく異変に気づき、けたたましく泣き始めた。
妻がシャワーに入ってしばらく経つ。おっぱいを持たぬわたしは、どうすることもできない。
おっぱい以外ならなんでも
しかし。
おっぱいさえ除けば、わたしはなんだってできる。家事だって何だってできるのだ。
いや「できるようになった」と言う方が正しい。むすこが生まれる前も、週末は料理を作ったり、妻と一緒に家の掃除などをしていたが、育休を取得してからは家事すべてがわたしの担当となった。それはかなり、これまでと勝手が違った。
いざ育休を始めると、家の中には"プチ家事"がたくさんあることに気づいたのである。
それは定番の家事…料理、掃除、ゴミ出しなどに付随するものだ。ティッシュを補充したり、タオルを交換したり、ゴミ出し用に牛乳パックを切っておいたり、買い物のレシートを整理したりなどなど。
プチ家事は「見えない家事」ではない。これまでわたしの視界にも入らなかった家事だった。すべて、妻が気付かぬうちにしてくれていたのに「見ようとしていなかった家事」だった。だがこれからはーー。
ティッシュがなくなった!誰が取り換える?「わたしだ」
台所のタオルは交換したかな?「わたしが交換してなければそのまま」
今日は牛乳パックのゴミの日。「あぁ、牛乳パックまだ切ってない!」
これからはすべてわたしの担当だ。
小さな家事と言っても、積もり積もればなかなかのストレス。若干の面倒を感じたことも告白せねばなるまい。わたしは次の方法で、いくぶん軽減することを試みた。
妻目線をインストール
彼女は日常、家の中で何を見ているか、どこに気をつけているのか。
わたしはこれまでを思い出しつつ、妻の様子を観察した。同時に、妻へのヒアリングも重ねていく。
「ねぇ、洗面所のタオルっていつもどのタイミングで変えてる?」
「ティッシュっていつもどのメーカーの使ってる?」
「玄関の掃除ってどのぐらいの頻度でやってた?」
タオルは毎朝替えて、そのまま洗濯機を回す。ティッシュは特売コーナーの安いやつ。玄関は掃除の最後、掃除機のホコリ交換ついでにやる。
今まで気付いていなかった妻の行動が見えてきた。
それら1つ1つを自分に加えていくことで、「わたし目線」だった我が家は、2人分の解像度になっていった。見慣れた景色に、見えてなかった場所がたくさんあった。
「冷蔵庫に入っている野菜はこれとこれか。今日スーパーで足りない野菜を買おう。醤油のストックも忘れずに。ちょうど日曜だからポイントも5倍!おっと買い物の前に洗い物を。洗い終わった食器は水が切れるように斜めに傾けておかなきゃ…」
妻目線でプチ家事をコンプリートすると、欲も出てきた。「買った野菜を冷凍すれば後がラクになる。」「冷蔵庫の中身をホワイトボードに記入し、そこから今日の献立を考える。」など、これまで妻もやっていなかったオリジナルの工夫をする余裕も生まれてきたのだ。2人の目線で見る家が「いつもの光景」になり、さらにはそこに新しい景色を付け足していく楽しみも加わった。
不要なストレスは無くすべし
ちゅぱちゅぱ。
シャワーからでた妻の乳首を、むすこは激しく吸っている。「やっとありつけた」と言わんばかりに小さい目を限界にまで開いて。
授乳だけでも、母ま毎日重労働だ。体力と同時に時間も使うし、夜中の授乳は睡眠も奪われる。そんな中、家の中が思うような状態になかったり、夫が"メジャー家事"に従事するだけではストレスだってたまる。
パートナーが見ている目線を手に入れられれば、家の中はお互いの目の行き届く空間になる。結果としてお互いのストレスも消えてゆく。
もし新たに見えてきたプチ家事が面倒臭ければ、それが「面倒」と思わないよう思考の向きを変えていけばいい。どうやら、わたしはそんな思考の深みにまで到達したようだーー。
ゴッゴッ。
授乳を終えた妻が、洗面所でハンドソープを押している。
マズい。ストックが切れた。