ワンオペ育児 無理ゼッタイ
おっぱいだってパパにもできる(第二話)
腹が減ったら戦いはスタート
「えへやぁ、えへやぁ」
むすこがまた泣き始めたようだ。
お腹がすくとたいてい、赤ちゃんの愛くるしさを全てつめこんように彼は泣く。
妻とわたしは目を細めながらも目前に迫る嵐を予見し、いそいそと動きはじめる。
しばらくおっぱいがまだ飲めないとさとるや、むすこは本性を現した。
「ンァア”ア”ア”ア”ア”!!ギョア”ア”ア”ア”ア”!ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!ア”ア”ーーーーー!!!!!!」
部屋に優しく流れていたモーツアルトに変わってエンドレスに再生される爆音の叫び。体長数十センチから出ているとは思えない声量が耳をつんざく。
夫婦は急いで準備を進める。シャツと下着をまくって半裸になった妻に、わたしが向かい合い座った・よし!
授乳をはじめよう。
おっぱいを前にしたパパは無力
「おっぱいをあげること以外は、パパにもできる。」
なんて、よく言われる。洗濯・掃除・料理などの家事から、体力のいる沐浴・抱っこといった育児に関わることまで、だいたいのことならパパにでもやろうと思えばできるのだ。
その言葉に従って、わが家では基本的に家事はすべてわたし担当。沐浴にオムツ替え、抱っこなどなど育児も兼任し、妻にはできるだけ授乳に専念してもらう方針だ。
だが、妻のおっぱいに一心不乱にむしゃぐりつくむすこを見ていると「あぁ、やっぱり」と嘆息する。「おっぱいはオレには無理やなぁ」夫の無力さを感じる瞬間である。
授乳のとき、夫はただその光景を眺めているだけで、出る幕などない。
いや。
そんなことはない。授乳だって、パパにもできることはある。
妻の母乳を受け止める
上半身裸になった妻に、わたしが向かい合って座った。
妻はおもむろに自分の両乳房を手でつかみ、ユッサユッサと上下左右に動かしていく。まずは、パンパンに張ってしまった乳房をほぐすのだ。
「あぁ、もう垂れてきた。」乳首から母乳がこぼれ落ちる。
ここからがわたしの出番だ。おちょこサイズのカップを両手に持ち、両乳首の真下あたりにスタンバイ。
あとは、ひたすら妻の母乳を受けとめる。
カップが満たされれば、そばの哺乳瓶へ。
あっという間に50、60CCの母乳がたまっていく。
搾乳、それはコミュニケーション
妻とわたしが行っているのは「搾乳(さくにゅう)」と呼ばれる作業である。あとでむすこがおっぱいを欲しがった時ように、あらかじめ母乳を搾り取っておくのだ。
授乳によって、母は1日あたり500キロカロリーを消費するという。想像以上に、授乳は体力・気力を使う。不必要な負担があれば極力削って行こう!ということでたどり着いたのが、夫によるギリギリまでの授乳コミット「搾乳」だった。
それまでは妻1人で左右それぞれの搾乳をしていたが、わたしがカップを持つことによって妻は同時に2つの乳房を搾乳が出来、時間も半分に短縮された。
搾乳のメリットはそればかりではない。毎回母乳の状態を見ることになるので、妻の細かい体調の変化に気づけるようになってくる。
「おぉ、前よりだいぶ母乳が出るようになってきたねぇ」
「赤い晴れ、引いたんじゃない?」
「すごい。射乳が4本も出てきた!」
この時間は同時、むすこが生まれたことで減少傾向にあった妻との貴重なコミュニケーションの場にもなった。両手にカップを持って半裸の妻と笑い合うその光景は、人には見せられないが、夫婦にとっては掛け替えのない時間だったのである。
パパのおっぱい離れ
そして、むすこが生後1ヶ月となった現在、わたしの出番は唐突に終わった。
妻がダイソーでパウンドケーキ型を手に入れたのだ。机に横長のケーキ型をおき、その真上で乳房をマッサージすれば、左右同時に母乳を流し込める。あとはそれを哺乳瓶に移し替えるだけ。もうわたしがカップを保たずとも、妻ひとりで搾乳が可能になった。その間わたしには、他のことができる時間の余裕が生まれた。
だがそれと同時に、夫婦で向かい合う搾乳時間は無くなった。
「自由時間が増えてよかったね!!」手持ち無沙汰にしているわたしに、搾乳中の妻が笑いかける。
「そうだね」
大和ハウスのCMに出てくる竹内豊のような微笑を浮かべながら、わたしの胸にふたたび無力感が去来した。